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心にナイフをしのばせて

 

奥野 修司
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理不尽さ少年法という無常
1969年の高校生殺人事件、その後には酒鬼薔薇事件と言う同様な事件があった。内容については、アマゾンの説明でなされているのでここには書かない。加害者が更正して、今や弁護士事務所を経営し、弁護士として...
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1969年春、東京私立サレジオ高校一年の男子生徒が同級生にメッタ刺しにされた上、首を切り落とされるというショッキングな事件が起きた。加害者の少年Aは少年法に守られ”更正”し、有名大学を出た後、弁護士になっていた。一方、被害者の父母妹は長年に渡り悩み苦しみ続け、事件から解放されることないまま父が無念の他界、母と妹はいまだに苦しみ続けている。この本は被害者遺族のあまりにも悲惨で理不尽なその後を追ったノンフィクションだ。

(「BOOK」データベースより)

追跡!28年前の「酒鬼薔薇」事件。高1の息子を無残に殺された母は地獄を生き、犯人の同級生は弁護士として社会復帰していた。新大宅賞作家、執念のルポルタージュ

(「MARC」データベースより)

高1の少年が同級生の首を切り落とした驚愕の事件。息子を無残に殺された母は地獄を生き、犯人は弁護士として社会復帰していた-。新大宅賞作家が、28年前の「酒鬼薔薇事件」を追跡する。

 

 

 

予想以上にすごい内容でした。被害者遺族の事件後はまさに生き地獄で、一歩間違えば一瞬にして家庭崩壊となるほどの不安定な状態。特に母の壊れ方は凄まじく、事件後はしばらく寝たきり状態で、たまに極度のストレスに晒されると別人格が憑依したかのように凶暴化。妹もこれまでと打って変わって表情が全くなくなり、リストカットの自殺未遂まで起こす。このリストカット描写は死を目的としない現実逃避のための自傷行為だったようだが描写が細かくて痛すぎる。実話なので、『独白するユニバーサル横メルカトル』なんかよりずっとエグかった。そんな家族を守るために寡黙な父は一人耐え続け、家族の目の届かないところで泣いていたという。この父は不器用ながら本当に強い人なんだと思った。

そんな家族がそれぞれ救いとなるものを見つけて、何とか普通の生活を送るまでになる。父はキリスト教の洗礼、母は預かった小さな女の子、妹は大人への反抗がそれぞれの救世主となり、さらにペットも家族にとって救いとなったようだ。

被害者の当時の友人で、今は教師となっている人の話が出てきたが、かなり説得力のある内容だった。この事件は彼にとっても非常に辛い事件だが、それを無駄にしないためにも自分の教え子に教訓を残そうとしている。また、被害者の妹に自分の人生を無駄にしないためにも折り合いをつけてほしいと話している。彼が教える中学で起きた暴力事件の被害生徒母親の『殴った子が、無意味な暴力をふるってはいけないと反省してくれ、他の子にも暴力をふるわないと約束してくれたら、私は自分の子が殴られたことを受け容れる』ということばを引用し、謝罪を受け容れる努力の必要性を説いている。そういえば、加害者家族の苦悩を書いた東野圭吾原作『手紙』でも、被害者遺族が「もうこれで終わりにしよう」と言う名シーンがあったが、まさにこれなのだろう。終わりにするのは難しいけど、終わりにしなければ前に進めない。非常に悩ましい問題だ。ただ、この『手紙』では加害者の反省、謝罪などそういったものを受け入れることができたからこそ、折り合いをつけることができたのだと思う。一方、こちらの事件ではそうはいかない。。。

終盤に少年Aのその後について書かれているが、何と事務所を構える弁護士になっていた。謝罪の連絡もなし、示談金も払わない(これは少年Aの親だが)という理不尽さで、これでは遺族もたまったもんじゃない。とてもじゃないが折り合いをつけるなんて出来ない話だろう。

筆者も書いているが、加害者の更正なんて簡単に言えることではなく、少なくとも加害者が被害者側に謝罪し、それが受け入れられることが最低条件なんだと思う。この事件では謝罪が全くなく、残された母と妹の苦悩はまだまだ続くのだと思った。ただ、妹はいつか少年Aと命をかけて会い、決着をつける覚悟のようだ。”心にナイフをしのばせて”いたのは妹だったことが分かった。難しいとは思うが、少しでもいい形での決着がつけられればと願わずにはいられなかった。