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時間はどこで生まれるのか

 

時間はどこで生まれるのか (集英社新書)
集英社(2006-12-14)
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かなり哲学的で発想の転換を必要とする内容だった。ただ、説明は難しくなく、ロジカルで分かりやすく書かれていたと思う。

 

で、気になるタイトルの問いへの回答としては、人間が感じる時間というのは意識の産物にすぎないとしている。時間というのは色や温度と同様に我々人間の脳が感じた結果であり、時間が過去から未来への一定方向に流れていくのも人間の記憶の蓄積による感覚に過ぎないと説いている。確かに何となくそんな気がしてくる。

 

で、純粋な物理量としての物理的時間にはそういった時間の方向という概念はないらしい。この辺は分かるような分からないような。。。

 

(「MARC」データベースより)

なぜ時間は過去から未来に流れるのか。なぜ過去は定まっているのに未来は未知なのか。科学が明らかにした時間と空間の本質を基本に、人間が日常的に感じる時間の性質を解明しようと試みる。物理のカリスマによる画期的時間論。

 

 

 

 

この本では時間について、相対論と量子論からその性質を説明することで、なぜ時間は過去から未来へと流れていく(と人は感じる)のかを説明している。結構分かりやすかったと思う。

 

まずは相対論から見た時間の説明。相対性理論では時間も空間と同じように相対的に扱われ、時間の流れ方も絶対的ではないことが分かっていたので、比較的理解も想像もしやすかった。

 

我々は普段、時間には過去、現在、未来しかないと考えしまうが、これはニュートン力学の絶対時間の感覚によるものである。相対性理論の相対時間からすると、現在の自分に流れる時間は絶対過去、絶対未来、そして非因果的領域に分かれるという。この非因果的領域とは光の世界線を超えた先の領域であり、この世の中に光速を超える通信手段は存在しないので、この場所に存在するものは自分とは一切因果関係を持たないことになる。つもり自分にとっては過去でも未来でもなく、存在しないもの同然となる。絶対的には確かに存在するが、自分にとっては相対的に存在しないというのが直感的には分かりにくい。

 

さらに掘り下げていくと、自分にとっては現在起きている事象が、同時に別の場所にいる別の人にとっては過去であったり未来であったりするという。全ての人が自分と同じ時間を共有していると感じるのは、ニュートン力学の絶対時間からくる錯覚に過ぎず、他者と共通の現在は存在しないというのがこの章の肝となっている。何とかついていけた(と思う)。

 

一方の量子論の観点からの説明。こちらはちょっと想像の範疇を超えていた。かなり飛躍した想像が必要だった。

 

なんとミクロの世界では時間はおろか、位置、色、温度といった物理量は実在せず、因果律排中律まで否定されてしまうという。排中律が否定されるというのは、例えば普通はコインを投げれば表か裏のどちらかになり、表と裏が同時に成立することはない。しかし、ミクロの世界では表でもあり裏でもあり、両方を兼ねた混合状態だという。この辺から何だそりゃ?みたいな感じになってくる。

 

さらに反粒子に至っては時間を逆行してしまうらしく、ただただ混乱するばかり。そもそも慣れ親しんだニュートン力学の世界観で、物理量が実在しない世界を想像すること自体が無理な話なんだろう。

 

こういった説明から時間というのが実は絶対的なものではなく、実に曖昧なものなんだと思い直すことになり、時間という概念について、今一度ニュートラルな立場から見直すことになる。結果的に、我々が身近に感じている過去から未来に流れる時間とは、我々の意識の産物に過ぎないという本書の主張が何とか理解できた。そして、それ故に時間を逆行するような体験は想像を絶することであり、意思を持った我々人間には絶対に実現できないことだと知ることになる。

 

で、こうなるとタイムマシンについても否定してしまうことになるわけだが。。。その通り。本編では語られていないが、付録部分でタイムマシンについての著者の見解が語られている。ここでも意思を持った人間には過去に遡ることは絶対に無理とのこと。もしタイムマシンが存在しても、それに乗って過去に行ったら人間的な感覚は失われ、死んだも同然となってしまうという。逆に意思を持たない物質であれば可能で、これは反粒子としてすでに観測されていることからも明らかであるとのこと。

 

ちなみに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、主人公マーティが過去に行った先で両親が結婚しなくなりそうになると、自分自身の存在が危ぶまれるといった話があったが、著者のタイムマシン論ではそうはならないらしい。まず、人間的な感覚を持ったまま同じ時空の過去には絶対に行けないという前提。従って、仮にタイムマシンで過去に行けたとしても、そこは自分が生まれた時空とは別の時空となり、そこで出会った両親も自分の生まれた時空の両親とは別の両親となる。なので、その時空で両親が結婚しなくても本人の存在には何ら影響しないとのこと。何か分かったような分からんような。。。まぁ、こう考えるとドラえもんのタイムマシンとかも見方がちょっと変わってくる。そもそもあんなに気軽に時間を旅したら辻褄なんて合うわけないんだけど。。。

 

というわけで、個人的には時間やタイムマシンに対する考え方をかなり変えさせられた目から鱗な一冊でした。

 

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佐藤 勝彦
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