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ネタバレ上等ブログ

モダンタイムス

 伊坂幸太郎ゴールデンスランバー』以来の長編小説。そして『魔王』の続編。

 あとがきによると『ゴールデンスランバー』とほぼ同時期の執筆のため、雰囲気もかなり似ているという。確かにそう思う。どこかリアルで理不尽なところとか。

 本作品は週刊モーニングに連載された作品。各章を読み終えると次が読みたくなるのは連載モノだからだろう。連載モノのリズムと伊坂氏独特のリズムが上手く噛み合っていてグイグイ引かれた。特に「勇気はあるか?」「人は知らないものにぶつかった時、まず何をするか? 検索するんだよ」など、最初の方に出てきたいくつかのセリフが後半生きてくるあたりはさすがだ。ただ、ちょっと長いかな。もう少し短くして欲しかった。疲れた。。。

 物語は21世紀半ば過ぎといった近未来。徴兵制が当たり前のように語られていたり、コンセントがコードレス化されてたり、LZHに代わる圧縮技術が使われていたりと若干の時間的隔たりが見て取れるが、インターネットは相変わらずURLを入力してたりして、意外と今と変わってなさそうだ。それに何よりも主人公がシステムエンジニアなのだが、その仕事の進め方が今とあまり変わりない。。。一番進歩してそうな分野だが、、、

 

モダンタイムス (Morning NOVELS)
伊坂 幸太郎
講談社
売り上げランキング: 99,959

(オンライン書店ビーケーワンより) 「勇気はあるか?」 29歳の会社員となった私の前で、見知らぬ男がそう言ってきた。「実家に」と言いかけたが、言葉を止めた…。『モーニング』連載の長編小説を書籍化。

 

 主人公は渡辺拓海というシステムエンジニア。妻の佳代子は相当な美人だが渡辺が浮気をしようものなら殺し屋を雇うほどの恐ろしい女。ちなみに彼女の過去の夫は2人いて、1人が死亡、もう1人が行方不明だとか、、、(汗) にも関わらず渡辺は会社の同僚桜井ゆかりと浮気をしてしまう。そのため冒頭から渡辺は佳代子の雇った見知らぬ髭の男、岡本猛に拷問をされそうになる。

 椅子に縛り付けられ、「勇気はあるか?」問われ、爪を剥がされそうになる。結局、桜井ゆかりが海外旅行中なのをいいことに、あっさり名前を吐いて解放されたわけだけど。それにしても佳代子って謎だ。渡辺に対して相当無茶をしているが、これは後々分かることだが、渡辺に対する絶大な愛情をも持ち合わせている。

 さて、その翌日、渡辺と後輩の大石倉之助は、仕事を放り出して失踪した五反田正臣の後を引き継ぐため、株式会社ゴッシュの作業現場へと出向く。業務内容は出会い系サイトのプログラム変更で、特に難しいこともなさそうだ。なぜ五反田が仕事を放り出してしまったのか???

 ところが、仕事を進めるうちに奇妙なことに気がつく。発注元のゴッシュとは全く連絡がつかないのもヘンだし、問題のプログラムには暗号化された箇所があり、そこには「播磨崎中学校」「安藤商会」という奇妙なキーワードが隠されていたのだ。ほどなくして、この暗号化部分が五反田の失踪と関係していることが明らかになる。

 「播磨崎中学校」は、数年前に起きた大量虐殺事件の現場だ。ここで1クラス分の生徒と教師が殺害され、当時用務員だった現国会議員の永島丈が犯人グループを制圧し、残りの生徒を救ったという。この事件をきっかけに永島は英雄視され、中学校の用務員から政治家へと転身した。

 では「安藤商会」とは何か? こちらは前作『魔王』の主人公(の弟?)、安藤潤也が立ち上げた会社だ。彼は10分の1以上の賭けには必ず勝つという特殊能力を駆使し、財を成し、お金の力で世の中の役に立とうとした男だ。この辺は前作を読んだほうがよく分かるが、なかなかいいキャラクターだ。

 話を戻すと、問題のゴッシュのプログラムは、この奇妙な2つのキーワードを同時に検索すると、ある特殊な処理が動く仕組みになっていたのだ。そして、このプログラムの秘密に気づいた大石がこの2つのキーワードで検索したところ、列車内集団婦女暴行事件の主犯に仕立て上げられてしまう。その後もひょんなことから検索した渡辺の上司加藤課長が突然の自殺を遂げたり、播磨崎中学校について取材していた井坂の運営するサイトが改竄されたり、あの拷問のプロ岡本猛が逆に拷問にかけられたりと奇妙な出来事が続く。後で分かることだが、失踪した五反田も突然液体をかけられ失明していたのだ。

 井坂のアドバイスで、渡辺は東北岩手の山奥にあるという安藤商会を訪ねる。井坂の経験からそう簡単に会えないものと思われたが、呆気なく愛原キラリを通して安藤詩織に会うことができる。残念ながら安藤淳也は死んでいたが、安藤詩織は渡辺の質問に隠すことなく知っていることをいろいろ話してくれる。肝心な部分は安藤淳也が安藤詩織に話しておらず、播磨崎中学校の件も特に聞けなかったが、少しずつ何かに近づきつつあるのが感じられる。それから安藤宅周辺は安藤の親戚や知人が身を寄せているが、そこに井坂の知人で漫画家の手塚聡がネット迫害から逃れてひっそりと暮らしており、これは前作『魔王』の前半部分になるのだが、安藤淳也の兄の死の真相に迫るマンガを描いていた。これは見たいなぁ。

 岩手から戻ると自宅にあの拷問男、岡本猛が拷問を受けている映像が届けられており、珍しく自宅にいた妻の佳代子とその映像をみる。岡本が拷問されながらも、佳代子の誤解を心配して、シャクルトンは探検家の名前で渡辺の浮気相手ではないことを説明したのにはウケた。そういえば岡本の拷問映像を見る前に佳代子が井坂の遺作となった『苺畑さようなら』を読んで、その裏にある伊坂のメッセージを読みとったのは見事だった。傍目八目ってやつなのか?

 そうこうしているうちに井坂は女に刺されて死んでしまう。死に際に播磨崎中学校事件の真相に関する自分の見解を渡辺に語る。それはあの事件が世間一般に知られていることとは全く別物であるという驚くべき内容だった。ちなみに井坂本人は自分が刺されたのは播磨崎中学校について調べたからではなく、純粋に女に恨まれていただけだと言っているが、やはりそうは思えない。「馬鹿が見る!」の遺言だって何か意味がありそうだし。

 渡辺、五反田、大石、佳代子のメンバーによる永島直撃から始まる終盤は、播磨崎中学校事件の真相とその背後に隠れる国家レベルの陰謀が明らかになる。永島の説明によると播磨崎中学校事件の真相はこうだ。超能力者育成専門の播磨崎中学校では能力覚醒のために拷問まがいのことを生徒に強いていた。そんな現場をたまたま学校に来た父兄が目撃してしまい、そこから修羅場に発展。学校側の管理者緒方は真相隠蔽のためにそのクラスの全生徒と目撃した全父兄を射殺してしまう。そこででっち上げられたのが死んだ父兄が犯人グループであり、永島が英雄という全く違うストーリーだった。

 こうした永島の説明の中で頻繁に出てくるのは「システムに組み込まれている」とか「そういうことになっている」といった身も蓋もない言葉だ。この巨大な陰謀というかシステムからすると、例の検索監視プログラムやそれを開発するゴッシュという会社、そこから始まる濡れ衣事件や傷害、殺人、拷問などの許し難い事件、さらには前作『魔王』でカリスマ的な存在だった犬養元首相ですら、1つの部品、1つのパーツでしかないということだった。もちろんそれは永島自身にも当てはまることだという。

 永島のちょっと長く過ぎる真相説明が終わり、全てを知った上で殺されるはずだった渡辺、五反田、大石の3人だが、途中ではぐれていた佳代子の活躍で絶体絶命の危機を免れる。この本ではいろんな最強人物が登場しているが、その中でも佳代子が一番の最強人物かもしれない。

 結局分かったのは相手はあまりに巨大で複雑なシステムだということで、一体何が悪いのか、諸悪の根元が一体何なのかが分からなくなってしまった4人。しかし、とりあえず目先の気に入らないものを破壊しようということでゴッシュに突撃するが、サーバ破壊も失敗して逃亡する羽目に。。。

 そして数年後、渡辺と佳代子は北海道で喫茶店をやりながら、ネット社会から離れて細々と暮らしていた。もう細かいことは考えず、大きな流れに抗いもせず、といったところだろうか。そんな二人の元にてっきり死んだものと思っていた岡本猛がやってくる。そして冒頭と同じように「勇気はあるか」と渡辺に問う。「勇気は彼女が持っている。俺がなくしたりしないように」 素晴らしすぎる、井坂幸太郎らしい締め方だった。

 締め方はよかったんだけど、桜井ゆかりの素性や佳代子の職業などがさりげなくスルーされてしまっているのが残念。兎面の中身も気になるなぁ。。。

モダンタイムス 特別版 (Morning NOVELS)
伊坂 幸太郎
講談社
売り上げランキング: 73,815