超お気に入りの今野敏「隠蔽捜査」シリーズのスピンオフ作品。期待に違わず最高の作品でした。
今回は警視庁刑事部長の伊丹俊太郎が主人公。本編シリーズの主人公である竜崎とは警視庁同期入社にして小学生時代の幼馴染み。竜崎がひたすら拘っている小学生時代に伊丹に苛められていた件の真相や、あの竜崎が女性キャリアに翻弄される『疑心―隠蔽捜査〈3〉』の裏ストーリーにも迫れる内容で、本編シリーズファンにはたまらない作品に仕上がっている。
逆に本編シリーズを読んでいない人にとってはとっつきにくい作品だと思われる。
「おい、ちゃんと聞いているのか」「聞いている」と「そういう捜査員は大切にしろ」「分かっている」のやり取りが複数回出てきて面白い。
隠蔽捜査シリーズの過去のレビュー
第1弾 はてなブログ
第2弾 はてなブログ
第3弾 疑心―隠蔽捜査3 - zakky's report
新潮社 (2013-01-28)
売り上げランキング: 10,913
(オンライン書店ビーケーワンより)
警視庁刑事部長・伊丹俊太郎と大森署署長・竜崎伸也は、幼馴染にして立場の違う同期のキャリア。組織の壁に悩む伊丹の苦境を竜崎の信念が救う。「隠蔽捜査」シリーズの舞台裏を描く全8編を収録。『小説新潮』掲載を単行本化。
警視庁刑事部長の伊丹俊太郎が主人公で、全8編で構成される短編集。
■1.指揮
福島県警本部刑事部長から警視庁刑事部長に異動するタイミングの話だ。同じタイミングで竜崎も警察庁長官官房総務課広報室長から警察庁長官官房総務課長に昇進しているので、本編シリーズ1作目『隠蔽捜査』よりも前のエピソードであることが分かる。
福島県警刑事部長として最後の事件を指揮する伊丹だったが、異動の日になっても事件が解決しない。後任の刑事部長も着任済みだし、自身も早く警視庁に着任しなければならないが、どうしてもこの事件を放り出したくはない。そんな困った状況の中、伊丹は竜崎に相談する。
要件を的確にまとめて相談したが竜崎の回答はこうだ。「何を悩んでいるのか分からない」 これには読者もえぇ?と思ってしまう。 伊丹が再度、福島県警の事案と警視庁への着任、どちらを選択すれば分からない旨を告げると、「両方やればいい」と。 再び読者はえぇぇ???となる。
竜崎の考えはこうだ。福島県警に残って指揮を続け、警視総監への着任報告は後回し。総務部に着任を知らせてそのまま出張扱いで福島県警に残ればいいと。そんな身勝手が通用するのか悩む伊丹に対して、警察官は容疑者確保のためにいるのだから福島県警の事案が最優先だし、合理的な判断を実行するための幹部権限だと。「ダメモトでやってみるか……」という伊丹に対して、「ダメなはずがないだろう。つまらんことで、電話してくるな」と電話を切る竜崎。まぁ、こんな関係がその後も続くわけだが。。。
実際、竜崎の思惑通りに事は進み、福島県警の事件も容疑者確保にこぎつけ、伊丹は晴れて警視庁刑事部に着任することになる。
■2.初陣
警視庁刑事部長の伊丹のところに警察庁長官官房総務課長の竜崎から内線が入る。用件は現場での捜査費のプールについてだ。いくつかの県警で捜査費を不正にプールしていたことが漏れ、その件について警察庁長官の国会答弁原稿を作成することになった竜崎。これが竜崎にとっての初陣だ。そして、そのために福島県警本部刑事部長だった伊丹に現場の事情を聞きたいという内容だった。
一方の伊丹も警視庁刑事部長としての初陣となる綾瀬署管内での殺人事件に挑む。これは本編シリーズ1作目『隠蔽捜査』で起きる一連の事件の最初の事件だ。伊丹にとっての初陣だったとは。。。
相手が竜崎ということで本当のことを喋ってしまった伊丹は、竜崎が自分の名前を出してしまうのではないかと心配する。が、竜崎はそんなことは考えておらず、全てが杞憂に終わる。元々、今回問題視されているのは捜査費の私的使用であり、伊丹が知っているのは私的な使用ではない。伊丹に裏を取ったのは情報精度を高めるために某県警本部刑事部長の談話としたいためであり、伊丹の名前を出すつもりはないと。。。 いや、最初に電話では名前出しちゃうかも、、、みたいな雰囲気ありありだったけど(汗)
ともあれ、二人の初陣は何とか無事に切り抜けられそうだ。いや、、、綾瀬署管内での殺人事件は尾を引くんだったっけ、、、(汗)
■3.休暇
警視庁刑事部長という激務で疲れた身体を癒すため、休暇を取って2泊3日で伊香保温泉の一人旅を決め込む伊丹。ところが大森署管内で殺人事件が起き、警視庁と大森署の合同捜査本部が設置されることになってしまう。伊丹は合同捜査本部にて陣頭指揮を執るために旅行を切り上げようとするが、本編シリーズ1作目『隠蔽捜査』での家族の不祥事で、警察庁長官官房総務課長から大森署署長に降格となった竜崎が思わぬ横槍を入れる。
何と警視庁捜査一課が決定した合同捜査本部の設置に大森署署長の竜崎が難色を示したのだ。情報の共有が必要だとする伊丹の説得に、それなら機動捜査隊の捜査結果と鑑識の情報を大森署員がアクセスできるようにしてくれれば後は大森署員で対応できるし、そうすりゃ旅行を切り上げる必要ないだろう、と竜崎が応戦。で、実際竜崎の要請に従うと、あっという間に事件は解決。伊丹はそのまま温泉を楽しむことができました、という話。
■4.懲戒
伊丹が旧知の捜査員白峰が政治家の選挙違反の揉み消しを計ったことが発覚。警視庁刑務部長の金沢から白峰の処分について判断を仰ぎたいと要請された伊丹。白峰の話を聞くとどうやら嵌められた可能性が高く、さらに大物政治家の伊東からも揉み消しの圧力がかかったりして、伊丹はどうしていいか悩む。
例によって竜崎に相談すると、またまた「いったい、何を悩んでいるんだ?」と返される。竜崎の考えは、原則通り捜査を続け、選挙違反を摘発すべしと。摘発すれば捜査員の揉み消しは失敗に終わったことになるし、摘発が遅れたことも捜査員が社会的な影響が大きい選挙違反に対して慎重になった結果であると考えることもできると。後は送検しちゃえば起訴するかどうかは検察の判断で、今回の事案の場合は不起訴になる可能性もある。不起訴になれば、そもそも選挙違反の罪もなくなり、揉み消しの不祥事自体もなかったことになるという考えだ。単なる堅物かと思いきや臨機応変な考えもできるところはさすがは竜崎だ。
伊丹が竜崎の判断をそのまま実行すると、刑務部長の金沢も「お見事です。さすがは伊丹刑事部長です」と。うーむ、大岡裁きだ。
■5.病欠
伊丹がインフルエンザにかかり、朦朧とする中、荏原署管内で殺人事件が発生する。合同捜査本部の設置が決まったため高熱の伊丹が指揮を執ることになる。ところが、荏原署や近隣の所轄署が軒並みインフルエンザの猛威にやられ50人体制の捜査本部設置に難儀する。捜査本部設置に奔走するのは警視庁第二方面本部管理官の野間崎、本編シリーズで竜崎と諍いを起こしたあの野間崎だ。
同じ方面本部の大森署がインフルエンザの影響も少なく捜査員に余裕があるため、野間崎が竜崎に要請するも一蹴される。野間崎から調整を依頼された伊丹が何とか竜崎を説得し、10人の捜査員が送り込まれることに。何とか捜査本部が設置され、捜査会議が始まると、竜崎から伊丹に連絡が入る。曰くインフルエンザにかかった者がなぜ指揮を執るのか、お前の仕事は自宅に帰って一刻も早く病気を治すことだと。伊丹は苦し紛れに竜崎を困らせてやろうと、お前が代わりに指揮を執ってくれるなら自宅に帰ると言うと、何と竜崎はそれを了承。驚きつつも自宅療養を受け入れた伊丹は、翌朝、竜崎からの容疑者確保の連絡で目を覚ます。
■6.冤罪
碑文谷署で放火犯の誤認逮捕が発生。管内の4件の不審火事件について、第一の容疑者江上を逮捕したが容疑を否認。その後、地元住民の通報で第二の容疑者深田を放火未遂の現行犯で逮捕。取調べの結果、過去4件の不審火についても容疑を認めてしまう。冤罪と聞いて検察官までもが碑文谷署に乗り込み、さらには警察庁の刑事局長も動き出す八方塞状態となる。
ところが、目撃情報にも物的証拠にも信憑性があり、江上の犯行だと譲らない捜査員がいた。現行犯+自供という強力な証拠がある以上、第2の容疑者で決まり、つまり誤認逮捕を認めざるを得ないと考えた伊丹だが、もしかしたら何とかしてくれるかもと竜崎に相談。
さすがの竜崎も冤罪を認めるしかないだろうと言いつつも、第2の容疑者深田の精神鑑定を伊丹に提案する。意図が分からないまま竜崎の提案に乗ると、何と深田は虚言症の傾向が強いことが判明。つまり深田犯行説を裏付けていた深田の自供が実は信頼できないということだ。その後の追及で深田は自供を覆し、第1の容疑者である江上はとうとう自供したという。
なんというウルトラC。というか、最初から江上に対する目撃情報と物的証拠を突き詰めて、江上を落とせればよかったんだろうが、、、
■7.試練
『疑心―隠蔽捜査〈3〉』の裏ストーリー的な話。これだけでも本編シリーズファンにとっては読む価値アリだろう。
一介の署長である竜崎がアメリカ大統領来日時の方面警備本部長に任命される。その件で竜崎は伊丹を頼り、警視庁警備部長の藤本に話を通してもらう。『疑心―隠蔽捜査〈3〉』では、そのまま藤本に話が通るわけだが、実はこの間に伊丹と藤本が重要な話をしていたのだ。
ここで竜崎の秘書官として送り込まれた美人キャリアの畠山が、実は竜崎を色恋沙汰に巻き込むための藤本の隠し球であることが判明。伊丹の見立てによると、どうやら藤本は警察官僚幹部へと更に出世した時に自分の周りに優秀な人材を集めるため、今から竜崎をテストしようとしているらしい。そして、この色恋ネタこそが、竜崎の唯一にして最大の弱点かもしれないと伊丹は考えていた。
本編を読めば分かる通り、実際に大変な試練になったワケだが、何とかテストにも合格したワケで、次回作では竜崎が本庁や警察庁に復帰できるかもしれない。そう考えると楽しみだ。
■8.静観
竜崎が署長を務める大森署で立て続けに問題が発生する。事故死と断定した件が実は他殺であると判明し、交通事故の事故処理で交通課係員と運転手がトラブルを起こし、さらには窃盗事件の捜査で犯人に聞き取り捜査をしていたのに取り逃してしまったという。
ところが伊丹が大森署を訪ねてみると、竜崎は何も困っていないという。聞けばどの件も不祥事とは思ってないし、特に手を打つ必要もない。静観するのみだと。
結局、竜崎をよく思っていない第二方面本部管理官の野間崎の勇み足で、他殺とされた件はさらに別に遺体が発見され、事故処理トラブルも運転手が自分のミスを認めたという。さらに窃盗事件の件は、そもそも聞き取り捜査の段階では犯人の目星はついておらず、その男が犯人であると気づいたのがその捜査員であり、それは取り逃がしでもなんでもないと。
全てが落着した後、伊丹は竜崎と野間崎の歩み寄りを期待して、一席設ける手配をする。竜崎も、野間崎とは方面本部と所轄署の連絡手段の合理化について話したいとか、ちょっと方向性が違うことを言っているが、とりあえず出席はしてくれそうだ。これを機に二人の関係が回復し、それが次回作で見られたら、、、結構面白そうだ。
新潮社 (2012-01-28)
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