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ネタバレ上等ブログ

マリアビートル

久々にクリティカルヒットな伊坂作品。殺し屋バトルロイヤルの『グラスホッパー (角川文庫)』の続編。

今回は高速で疾走する東北新幹線はやてが舞台。ほぼ密室と化したはやての中に所狭しと殺し屋がわんさか。。。今回もものすごい殺し屋バトルロイヤルが繰り広げられる。とても死にそうには思えない屈強な殺し屋があっさり殺されたり、予想外の展開の果てに何ともいえないエンディングが。。。

個人的にはすごい楽しめた。あのエンディング直前までどうやって収束させるのか予想もつかない展開はまさに伊坂作品。新幹線の疾走と併せて物語もエンディングまで一気に疾走している。

前作『グラスホッパー』のレビュー グラスホッパー - zakky's report


マリアビートル (角川文庫)
伊坂 幸太郎
角川書店 (2013-09-25)
売り上げランキング: 1,345



(「BOOK」データベースより)
元殺し屋の「木村」は、幼い息子に重傷を負わせた相手に復讐するため、東京発盛岡行きの東北新幹線“はやて”に乗り込む。狡猾な中学生「王子」。腕利きの二人組「蜜柑」&「檸檬」。ツキのない殺し屋「七尾」。彼らもそれぞれの思惑のもとに同じ新幹線に乗り込み―物騒な奴らが再びやって来た。『グラスホッパー』に続く、殺し屋たちの狂想曲。3年ぶりの書き下ろし長編。

物語は伊坂作品特有の複数視点が切り替わるパターン。ただし時系列の前後入れ替えはほとんどなく、読者は視点切り替えにだけ注意していればいいので、スピードを落とさず一気に読める。この辺は新幹線にシンクロさせた疾走感を意識したものなのか。。。

切り替わる視点は「木村」「果物」「天道虫」「王子」「槿」の5パターン。

「木村」視点は元殺し屋木村雄一がメインとなる視点。木村雄一は一人息子渉をデパートから転落させた中学生(王子慧)に復讐するためにはやてに乗車。しかし復讐寸前のところでスタンガンで返り討ちにあってしまう。

「果物」は殺し屋の蜜柑と檸檬の腕利きコンビの視点。屈強な風貌が似ているため双子の殺し屋と見られがちだが血のつながりはない。性格も全く正反対で、仕事きっちりの蜜柑に対して大雑把な檸檬。文学をこよなく愛する蜜柑に対して、機関車トーマスをこよなく愛する檸檬。性格の違いから衝突は起こすが、互いに全幅の信頼を寄せている名コンビ。峰岸からの依頼で峰岸の息子を救出し、息子と身代金と峰岸が待つ盛岡へと送り届けるためにはやてに乗車。

「天道虫」はイケメンメガネの殺し屋七尾の視点。仲介人の真莉亜からの仕事でトランクを奪うためにはやてに乗車。業界では「天道虫」と呼ばれているが本人は気に入らないらしい。一見弱々しく本当に殺し屋?と思わせるような言動だが、後半は得意技の首折りで大活躍。それから恐ろしいほどの不運を呼び込み、はやてから何度も下車しようとしても、その都度、何かしらのトラブルが起きて下車できない。東京で乗車して、トランクを奪って上野で下車するだけの仕事だったが、いろいろな不運が重なり盛岡まで行くことになる。

「王子」は狡猾中学生王子慧の視点。見た目も行動も優等生そのものだが、内に秘める腹黒さは本職殺し屋以上。自分が優位に立つために同級生を恐怖で従え、年長者に対しては優等生を演じる。人の死に対して何とも思わず、死に際の人間にすら絶望を与えようとするとんでも中学生。同級生の親が峰岸に王子襲撃を依頼したことから、王子は峰岸情報を収集するために盛岡に向かっている。

「槿」は前作『グラスホッパー』で登場した押し屋の槿(あさがお)の視点。作中で数回した出てこないが、手際よく仕事をする。槿ははやてには乗車せず、したがって殺し屋ボトルロイヤルには参戦しないが、バトルロイヤルに重要な結果をもたらす仕事をすることになる。

視点を持たない他の主な登場人物も紹介しておこう。

鈴木:前作『グラスホッパー』の主人公鈴木がサプライズ登場。偶然はやてに乗り合わせただけだが、狡猾中学生王子が長年疑問にしてきた「なぜ人を殺しちゃいけないのか?(死刑や戦争ではいいのに)」に対して的確に回答。さすがの王子も我を忘れてしまうほどの名回答だった。

スズメバチ:前作『グラスホッパー』でも登場した毒針殺し屋のスズメバチ。男女二人で行動し、峰岸親子を狙うためにはやての乗務員として乗り込んでいた。

真莉亜:七尾に仕事を出した真莉亜。素性は不明だが、不幸で弱気な七尾の世話焼き人的なイメージ。この手の仕事の仲介人でありながら、七尾がピンチの時には諦めていいと言い出したり、実は心配になって途中からはやてに乗り込もうとしたり、優しい面も垣間見える。ただ、間違えてこまちの方に乗ってしまい、バトルロイヤル会場には現れなかった。

狼:七尾と過去に因縁を持つ殺し屋。前作で全滅した寺原ファミリーの仇討ちのためにスズメバチを狙ってはやてに乗り込む。上野駅から降車しようとした七尾と鉢合わせになり、過去の揉め事の因縁をつけて七尾を下ろさせなかった。(これが七尾の不幸の始まりだった。) 社内で七尾と揉みあいになり、七尾に首を折られあっさり死亡。

木村茂・晃子夫妻:木村雄一の両親。息子も元殺し屋だが、実はこの両親も元殺し屋コンビ。しかも業界では結構名の知れた凄腕コンビだったらしい。王子との電話にきな臭さを感じ取り、水沢江刺駅からはやてに乗り込む。茂の言動はとても殺し屋っぽいが、晃子はのんびりマイペースで本当に元殺し屋?って感じだった。

峰岸:盛岡の闇の実力者。前作の寺原的なポジション。対抗組織に監禁された息子の奪還依頼を蜜柑&檸檬コンビに出した人物。蜜柑&檸檬が不審な動きをしたため峰岸自ら盛岡駅に出向いていた。

と、主だった登場人物はこんな感じだ。

後は淡々と殺し屋バトルロイヤルが繰り広げられ、あっという間にはやて内は死体だらけに。。。(汗) 殺しの流れを時系列で見るとこんな感じだろうか。


表記:殺す側→殺される側(決め技)
駅名に続く[]は七尾が降車できなかった理由

東京駅
  スズメバチ女→峰岸息子(毒針)
上野駅[狼と鉢合わせ]
  七尾→狼(首折り)
大宮駅[トランクが行方不明]
  七尾→スズメバチ女(首折り)
  檸檬→木村(拳銃)※瀕死なだけで死んでなかった
  王子→檸檬(拳銃)
仙台駅[檸檬に峰岸息子の真似をさせられ]
  七尾→蜜柑(首折り)
一ノ関駅[到着直前の揺れで携帯電話を落として時間切れ※以降は途中下車諦め]
水沢江刺駅
  槿→王子手先(押し屋)
北上駅
新花巻駅
盛岡駅
  スズメバチ男→峰岸親父(駅のホームで毒針)
  木村父→王子(はっきりとした描写はないが、いたぶって殺したっぽい)


今回はいろいろ気になるウンチクネタも多く、この辺からも伊坂作品らしさを感じられた。

中でもアルコール中毒とA10神経の話は興味深かった。よくアル中は一滴でも飲んだらアウトって聞くけど、その理由が明快に説明されていた。脳にはA10神経というのがあって、これが刺激されると脳に心地よさが生まれる。酒を飲むとA10神経が刺激されるが、酒を飲み続けると脳が形を変えてしまい、これがアル中の状態となる。形を変えた脳は酒を飲んだら即スイッチが入る状態で酒が止められなくなる。脳が形を変えてしまっているため、何十年と酒を断っても、一滴でも飲んだらアウトとなってしまう。

あとセイヨウタンポポがカントウタンポポを直接駆逐したのではなく、人間の自然破壊の結果カントウタンポポが減少して、その空いた場所にセイヨウタンポポが入ってきたという話。一般的にはセイヨウタンポポがカントウタンポポを追いやったイメージがあるのだが、実はそうではないらしい。確かに山などの人間による開発が進んでいない場所では今でもカントウタンポポとセイヨウタンポポが共存していたり、逆にカントウタンポポの方が多いところもあるらしいので、やはり元凶は人間なんだろう。

それから学習性無力感。王子が同級生を支配していたのが恐怖による学習性無力感の植え付けだ。これは誘拐監禁事件なんかで第三者が見れば普通に逃げ出せそうな環境なのに被害者が逃げなかった事件なんかは、恐怖によって学習性無力感を植えつけられていた可能性が高い。

あとはオーケストラの拍手の音量と携帯電話普及グラフの類似性とかも面白かったが、携帯電話が減るのは今のところ想像つかない。拍手は自然に鳴り止むけど、携帯電話は他の便利機器に乗り換えられて減る流れなので、グラフは一致するのか微妙な気がする。

こんな感じで久しぶりに王道的な伊坂作品に出会えて、すっきり読めた。殺し屋モノでこんなに笑いも交えて楽しめるのは珍しい。

ただ、王子の殺され方が全く描かれてなかったのが残念だ。あいつにはルワンダの虐殺のように「楽に死なせてください」と懇願しながら死んでいくのがお似合いかと。


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