『桶川ストーカー殺人事件―遺言』の著者として知られる清水潔記者の衝撃作。
冤罪で出所した菅家さんといえば誰もが知っているだろう。そして足利事件の概要も多くの人が知っているだろう。
だが、その背後に幼い女の子を対象とした連続殺人事件が隠されいたことを知る人はあまり多くない。
本書はその隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件に迫った作品だ。
新潮社
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(新潮社サイトより)
5人の少女が姿を消した。4人が殺され、1人が今も行方不明のままのこの大事件を追う記者が直面したのは、杜撰な捜査とDNA型鑑定の闇、そして司法による隠蔽だった――。執念の取材で冤罪「足利事件」の菅家さんを釈放へと導き、真犯人を特定するも、警察は動かない。事件は葬られてしまうのか。5年の歳月を費やし、隠された真実を暴きだす衝撃作。
https://www.shinchosha.co.jp/book/440502/
北関東連続幼女誘拐殺人事件の概要
栃木と群馬の県境において、1979年から数年おきに発生している少女を対象とした殺人・誘拐事件。
年 | 現場 | 被害者 | 年齢 | 事件内容 |
---|---|---|---|---|
1979年 | 栃木県足利市 | 福島万弥ちゃん | 5歳 | 殺害 |
1984年 | 栃木県足利市 | 長谷部有美ちゃん | 5歳 | 殺害 |
1987年 | 群馬県尾島町 | 大沢朋子ちゃん | 8歳 | 殺害 |
1990年 | 栃木県足利市 | 松田真実ちゃん | 4歳 | 殺害 |
1996年 | 群馬県太田市 | 横山ゆかりちゃん | 4歳 | 行方不明 |
警察は足利市にて起きた「松田真実ちゃん事件(通称、足利事件)」「長谷部有美ちゃん事件」「福島万弥ちゃん事件」の3件の犯人として菅家さんを逮捕。「長谷部有美ちゃん事件」「福島万弥ちゃん事件」については不起訴となったものの、「松田真実ちゃん事件」で起訴された菅家さんは無期懲役の判決が下された。
犯人でない菅家さんが有罪判決を受けたのはなぜなのか。厳しい取り調べから逃げたい一心でしてしまった嘘の自白もあったのだが、やはり一番決め手となったのがDNA型鑑定だった。
そして日本初となるDNA再鑑定により菅家さんは犯人ではないことが明らかとなり釈放されることになる。
本書を読めばわかるが、菅家さんを釈放にまで漕ぎつけたのも著者清水氏の孤立奮闘の結果だった。ただ清水氏の目指していたのは菅家さんを無実の罪から解放する、とかそういう類のものではなく、もっと大きなもの、そう、北関東連続幼女誘拐殺人事件の解決こそが清水氏の目指していたものだった。
普通に考えると、菅家さんが冤罪なら、真犯人が別にいるんだから捕まえないとね、ってなるんだけど、清水氏の出発点はそこじゃない。まだ菅家さんが足利事件の真犯人だと思われている時から、清水氏は上記5件の事件が同一犯による連続事件である可能性を考えていた。となると、菅家さんが塀の中にいる1996年に起きた横山ゆかりちゃん事件の扱いがおかしなことになってしまう。清水氏はそういった矛盾点から出発して、綿密な取材をする中で、菅家さんは足利事件の犯人ではない、そして一連の事件には別に真犯人がいることを確信していく。
国家権力が怖すぎる(((゚Д゚)))
『桶川ストーカー殺人事件―遺言』を読んだ時も想ったんだが、やっぱり警察・検察は怖い。自分たちの筋書き通りに進むようにすべてを曲げようとする。全く無関係だった人が突然犯人にされるとかマジ怖すぎる。
火のない所に煙は立たぬ、とか言って、冤罪で捕まる側にも問題あったんじゃねーの?とかって思う人も多いみたいだが、この本から受けた印象は決してそんな事はない。ごく普通の人でも警察の筋書き上に迷いこんでしまったら、冤罪でぶち込まれる可能性は十分あるんじゃないかと。
そして、一旦守りを固めた警察組織の堅さは本当にすごい。今回改めて思ったのは、警察発表、マスコミ報道をそのまま鵜呑みにはできないということ。警察は都合のいい情報は改ざんや捏造したりするし、逆に都合の悪い情報は隠蔽する。国家がそんなことするはずないだろう、と思い込んでいる人は考えを改めた方がいいかと。
怖いのは警察サイドにはあまり葛藤がなさそうで、されが正義であり、唯一つの事実であると思い込んでいる節すらある。揺るぎない鉄壁の守りってあるんだなぁ、と思った。
問題のDNA型鑑定
菅家さんを冤罪に巻き込んだDNA型鑑定は警察庁の科学警察研究所(科警研)にて行われた。鑑定者は科警研の主任研究官でS女史と名前が伏せられているが、S女史の著書をさらっと紹介しているところがニクい。伏せてる意味がない。これ絶対狙ってやってるだろwww
本の中でも他の研究者から技術力が低いとか散々な指摘を受けているS女史だが、警察組織としては誰がやったとか関係ない。科学捜査の総本山、科学警察研究所の出した結果なんだから、それが否定されることはあってはならないと。
あれ? 足利事件の冤罪で科警研のDNA型鑑定は否定されたんじゃねーの?と思ってしまうのだが、警察は必死の抗弁で最初のDNA型鑑定に問題はなかったことにしているんです。ここがすごい。普通じゃ乗り切れない修羅場を乗り切ってしまう。理屈としては最初の鑑定に問題はなかったが、精度を高めた結果、別人であることが分かったと。網目を細かくした結果、同一枠から別枠に分けられた、という屁理屈じみた考え方のようです。
なぜそこまでするのか。それは、このDNA型鑑定を失敗と認めると、他の事件で行われたDNA型鑑定にまで飛び火してしまうため。そしてこの中にはS女史が同じ方法で鑑定して、有罪の証拠としても採用された飯塚事件がある。この飯塚事件は死刑判決。そして、すでに執行済みという警察にとってはかなり不都合な事実があるからだ。
もちろん足利事件と飯塚事件では採用された証拠の構成も全く異なり、仮にDNA型鑑定の結果が崩れてもすぐに冤罪になるかというとそうではないと。しかし、清水氏の取材によれば、他の証拠も危ういものが混在しているようだった。
警察の闇は深い。。。
足利事件の真犯人は?
足利事件の方に話を戻すと、菅家さんの冤罪が確定したってことは、それはつまり、真犯人が他にいるということだ。少なくとも4人の少女の命を奪った真犯人がいて、清水氏の独自調査でルパン似の男に絞れている。すでに清水氏もその男に接触し、警察にも情報を提供して、それでも進展がないという。
清水氏の集めた目撃情報によれば、ルパン似の男が真犯人である可能性は非常に高い。しかし、その男が真犯人だとするとどうやらDNA型鑑定に不備があったこと、即ち、飯塚事件を含むDNA型鑑定の結果が証拠採用された事件を穿り返す必要が出てくるため、警察はその事実を握りつぶそうとしているらしい。
この本は発売されてからすでに1年半以上が経過しているが、いまだに足利事件が進展していないということは、警察はもう事件解決を諦めているということなんだろう。警察だって馬鹿じゃないから、ルパン似の男が真犯人であることは三留はしないものの分かってはいるはず。でもDNA型鑑定の不備を突かれることだけは決してあってはならない。そのためには真犯人逮捕を諦めるしか選択肢はないってことだ。菅家さんのように別の犯人をでっちあげるなんてことももうできないし、これは静観するしかないってことだろう。
さすがの清水氏もこれ以上の追及は難しいだろう。『桶川ストーカー殺人事件―遺言』の時のような警察全面謝罪は引き出せなかったのは残念だが、ここまで調べ上げたこと自体がすごいことだと思う。
清水氏の新作も早く読みたいと思う。
2016年9月18日こっそり追記
噂のさわや書店の文庫Xの中身がこの本の文庫版だとか、、、(真偽不明)
新潮社 (2016-05-28)
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